止まらない鳥貴族の快進撃

とりきの愛称で親しまれている居酒屋チェーン「鳥貴族」が他の多くの居酒屋が苦戦するなかで、鳥貴族はこの5年間で売上高が約3倍で営業利益は何と10倍以上も伸びているのです。
乱立する国内の居酒屋の店舗数は2~3割程度は過剰な上に少子高齢化や、若者のアルコール離れや飲酒運転の厳罰化などで居酒屋の経営が難しくなっているなかで、鳥貴族の快進撃の秘密に迫ってみます。

創業者である大倉忠司氏の苦労

1960年に東大阪市で両親が町工場を経営する家の次男として生まれた大倉忠司氏は、高校2年生の16歳の時にビアガーデンで焼き鳥とおでんの担当になったのが、飲食業の面白さに触れるきっかけとなったようです。
高校を卒業し専門学校で調理を学んだ後に、ホテル内のイタリアンレストランでウエーターとして働き始めます。
このウエーター時代によく通った炉端焼き屋が全品230円均一の明朗会計なお店で、自分でお店を始めるならこのお店のような低価格で均一料金の店をやりたいと思ったそうです。

鳥貴族の創業と試練

イタリアンレストランを3年で辞め焼き鳥屋のフランチャイズチェーン「やきとり大吉」の元オーナーのお店で、約3年間ほど修業した後に25歳の時に鳥貴族の第1号店を開業します。
よく通った全品230円均一の炉端焼き屋を参考に150円均一と250円均一のメニューに350円均一メニューを加え、ガス焼き台ではなく電気グリラーで焼く、明るくお洒落な焼き鳥屋を目指します。
大倉忠司氏が焼き鳥屋を始めたのは市場が最も大きく、チェーン展開で成功する可能性が高いと考えたからです。
しかし満を持してスタートした鳥貴族ですが開業から1年数ヵ月の間は、いつ倒産してもおかしくないという状態が続いたと言います。

まとめ

倒産の危機に陥った大倉忠司氏は焼き鳥の原価率を35%から48%に上げ、ビールも含めて全品250円の均一料金にしてそれが大成功したのです。
この成功のヒントになったのが居酒屋「村さ来」の創業者で、日本料飲コンサルタンツの社長であった清宮勝一氏の著書「居酒屋ビッグ・ビジネスへの戦略発想 外食産業のニューリーダーが初めて明かす」でした。
清宮勝一氏の原価率が高いビールを原価で売っても、原価率が低い酎ハイで儲けるマージンミックスの考え方を導入したのです。
どんな起業家でも最初から上手くいくことはなく、苦しい時期をどう乗り越えるかでその人の人生が決まるような気がします。

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