壮絶なCoCo壱番屋の創業者の軌跡

カレーハウス「CoCo壱番屋」は国内と海外を含めて1200店以上を展開し、ギネス世界記録にも最も大きいカレーレストランのチェーンに認定されています。
ただCoCo壱番屋の創業者である、宗次徳二氏の過去についてはあまり知られていないようです。
そこで今回はCoCo壱番屋をここまで大きくした宗次徳二氏の壮絶な軌跡について、詳しくご紹介していきます。

壮絶な幼少期

宗次徳二氏は戸籍上は石川県の出生になっていますが両親の顔を知らず、3歳まで兵庫にある孤児院で育っています。
3歳の時にある夫婦に引き取られたのですが、お金があればそれを持ってパチンコや競輪に行く養父で、掃除をしていないだけで殴られるような日々だったようです。
そんな養父に愛想をつかした養母は家出し養父と2人で、電気もなくろうそくを灯し時には雑草を食べるような壮絶な幼少時代を過ごしています。
15歳の時に養父が胃癌で亡くなると再び養母と住み始め、同級生の父親が経営する豆腐屋でアルバイトしながら生活費と学費を稼ぎ商業高校を卒業します。

CoCo壱番屋の起業と成長

高校を卒業した後に大和ハウス工業の名古屋支店で働いていた時に、現在の妻と知り合い結婚し2年後に独立し不動産業を起業します。
しかし不動産業が不安定だったので妻と相談し1974年に名古屋市西区内に喫茶店「バッカス」を開業し、オープン後10分も経たないうちに客が来店し、商売の面白みを感じ喫茶店が天職であると感銘を受けます。
翌年に2号店の珈琲専門店「浮野亭」を開業し、妻が作ったカレーが客に評判になりカレー専門店のオープンを決心し、1978年にカレーハウス「CoCo壱番屋」1号店を開業します。

まとめ

起業してからの苦労も多々あったと思われますが、幼少時代の壮絶な体験と比べると大したことではなかったかもしれません。
一代でここまで事業を大きくした手腕は大したものですが、お金を自分のために使うのは恥ずかしくてできないと言います。
そのため宗次徳二氏の時計は9800円でシャツは980円で、自宅は接待用に少し大きなものを建てたのですが、それも恥ずかしいことだと言います。
感謝の気持ちを忘れずにコツコツと地道に、継続し続けることが宗次徳二氏の変わらぬ信念です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)