星野リゾートの成功の秘訣はそのそのコンセプトと経営戦略にあった

星野リゾートが星のやブランドとしては初めてとなるリゾートホテル「星のやバリ」を、インドネシアのバリ島のウブドに2017年1月20日にオープンしました。
この「星のやバリ」の投資額は円に換算すると約15億円で、日本国内を含めて37軒目の宿泊施設になります。

星野リゾートの星野佳路社長は長野県にある老舗旅館「星野温泉ホテル」の4代目として生まれ、これまで倒産したり経営不振になった旅館やホテルを高収益に再生してきました。

そこで今回は星野リゾートの成功の秘訣について、できるだけ詳しく検証していきましょう。

星野リゾートのコンセプト

星野リゾートのコンセプト
星野リゾートのコンセプトは地方の文化的エッセンスの演出ですが、最初から事業が上手くいっていたわけではありません。
アメリカ留学から帰国し家業を引き継いだものの、多くの従業員が星野社長の経営方針に反発し仕事を辞めていったのです。

また当時は個人のお客だけでなく団体客も多く、個人客と団体客の両方に対応した接客やサービスを行ってきました。
これらの経験により星野リゾートでは周辺に高級旅館がなかったことから、個人向けの高級旅館をコンセプトにして差別化を図ったのです。

その結果星野リゾートは同業他社を圧倒する集客数を誇り社員教育にも注力し、常に顧客満足度を維持することにも成功したのです。

星野リゾートの経営戦略

星野リゾートの経営戦略
2001年に初めてリゾナーレ小淵沢の運営を開始しわずか10年で28施設に拡大し、今回のバリ島の「星のやバリ」で37施設と快進撃の星野リゾートですが、星野リゾートの経営戦略は自分たちで一からホテルを建てるのではなく、倒産したり経営不振になった旅館やホテルを買収し再生する手法です。
それも星野リゾートが行うのは旅館やホテルの運営のみで、旅館やホテルの建物や土地は債権化して売却するやり方です。

徹底的なマーケティングで差別化を図り、星野リゾートは運営のみに注力し旅館やホテルを再生させるのです。
日本には多くの旅館がありますが、そのほとんどがオーナーが経営者です。

「カンブリア宮殿」で語られた星野佳路社長の経営へのこだわり

「カンブリア宮殿」で語られた星野佳路社長の経営へのこだわり
2016年12月1日に放送された「カンブリア宮殿」に星野リゾートの社長、星野佳路(ほしのよしはる)氏が出演しました。
ホテルやリゾート施設を経営不振から再生させたことで知られています。

開業当初はただのホテルだった星野温泉旅館。
なぜ現在のような成功をおさめたのでしょうか?

星野リゾートは、熱海や軽井沢に始まり、界、伊東、トマムなど、多数のリゾート地を運営をしています。
なぜそこまで発展することができたのか。
その秘訣を具体的な例を挙げて探っていきたいと思います。

2015年に鬼怒川温泉に開業した「界 鬼怒川」。
このホテルによって鬼怒川温泉がかつてのような活気を取り戻したと言われています。
名物の「湯葉丼」をはじめ、番組内では斜め移動するエレベーターや露天風呂など、「界 鬼怒川」の素晴らしいおもてなしの数々が紹介されました。

さらに2016年7月に「星のや 東京」が、「進化した日本旅館」というコンセプトのもと東京大手町に開業。
畳床のエレベーター、和風モダンの客室に加え、大手町の天然温泉も楽しめます。

1泊72,000円からという料金に見合ったハイセンスなこのホテル、2016年10月にはアジア太平洋ホテル投資会議最優秀賞を受賞しています。
この年に太平洋地区で開業したホテルの中で最も素晴らしいホテルであるということです。

この賞は、2010年にかの有名な5つ星ホテル「マリーナベイ・サンズ」が受賞しています。
世界中の投資家たちによってえらばれる、由緒ある賞なのです。

それだけ素晴らしい賞を得るほど勢いのある星野リゾートは、今後どんどん海外進出していくことでしょう。

あくまで星野リゾートは運営会社であり、ホテルは他の会社の所有となっています。
例えば、「星のや 東京」は三菱地所が所有しています。
月9の「カインとアベル」で例えるなら、主人公の優の「高田総合地所」が所有会社、優がプレゼンした「ドレイモンド」が運営会社、という形になります。

「日本に来るから日本旅館に泊まるのではなく、『快適で素晴らしいおもてなしを受けることができるから日本旅館に泊まろう』という市場を世界で作っていきたい」と星野社長は語ります。

会社のビジョン自体を、「リゾート運営の達人」から「ホスピタリティ・イノベーター」に変え、おもてなしで革新を起こそうと考えているのだそうです。
そうした方針の変化は、競争相手の変化にによって起きました。

現在はハイアット、リッツカールトン、コンラッドを相手取っているからです。
彼らにはないサービスを追求し、イノベーターとしてのクオリティを追求したのがきっかけだそうです。

つまり、お客様の声からサービスを構築するのではなく、自分たちのこだわりを徹底的に追求して提供する。
それこそが日本が世界に誇るおもてなしの心であるということです。

星野リゾート青森屋とトマムにおいて、フラットな組織づくりが高い効力をあげているそうです。
トップダウンという意味ではなく、地元スタッフが自ら考え、お客様へ提供したいサービスをいそのまま行うのです。
それこそがここでのおもてなしです。

しかし、当然ながら星野社長には幾多の苦労がありました。
創業者である父親との確執があり、経営がうまくいかない時期がありました。
そのため、1991年の株主総会では父親を解任、同族経営からの脱却を果たしたのです。

1980年代までは、やる気のあるなしは社員一人一人の問題でした。
ですがそれ以降、経営者の責任とされるようになってきたのです。

経営者はマネジメントによって社員にやる気を出させることも仕事の一環とされるようになりました。
ここ20年ほどの間に、社員のやる気を100%かそれ以上に保ち、能力を発揮させることが経営者としての責務だと星野社長は語ります。
やらされているという気持ちをなくし、自由な仕事の環境を整えるのが大切だそうです。

2017年の1月、「星のや バリ」が開業しました。
インドネシア料理に和食をミックスした創作料理がディナーに提供され、各室は他の部屋ともつながっているプール付き。
ジャングルの中のウッドハウスでの非日常的な体験もできるようです。

スタッフの研修は「バリ人にとってのおもてなし」を念頭に行われたそうです。
日本のおもてなしスタイルを押し付けるのではなく、その土地独自のおもてなしです。
星野社長にとっての日本旅館とは、その土地の文化を大切にしたおもてなしを提供する場所なのですね。

一度でもいいから、そのサービスを体験してみたいものです。

星野リゾートの成り立ち

星野リゾートの成り立ち
星野リゾートは本社を長野県軽井沢におく、総合リゾート運営会社です。現在の星野佳路社長は4代目となります。
その歴史を見てみましょう。

・1914年、軽井沢に星野温泉旅館開業
・1965年、軽井沢高原教会を改築、ブライダル事業進出
・1991年、星野佳路社長就任
・1995年、社名を星野リゾートに変更
・2001年、リゾナーレ小渕沢の所有、運営開始
・2003年、アルツ磐梯リゾートの運営開始
・2004年、トマムリゾートの運営開始
・2005年、「星のや 軽井沢」を開業
・2011年、界ブランド発表、リゾナーレブランド発表
・2014年、海外の KiaOra Rangiroa(タヒチ)の運営開始

現在星野リゾートは3つのブランドを持っています。

・星のや:圧倒的非日常感が売りのラグジュアリーホテル
・界:地域の魅力を生かした和風温泉旅館
・リゾナーレ:スタイリッシュなデザインを生かした西洋型ホテル

どれも素晴らしく洗練されたホテルや旅館で、現在は40軒近い旅館の運営がされています。
そして驚くことに、どのホテルも経営不振から見事に立ち直っているのです。

その秘訣は一体何なのか?
以前「がっちりマンデー」で放送された、リゾナーレ八ヶ岳の例で見てみましょう。

リゾナーレ八ヶ岳の経営再建

リゾナーレ八ヶ岳の経営再建
山梨県北杜市にあるリゾナーレ八ヶ岳は、星野リゾートが一番最初に運営を手がけました。
一度は廃業したホテルを買取り、見事に経営再建させたのです。

その方法を挙げましょう。

・宿泊客のターゲットを調査し、ニーズに合わせて改装
・フロントと宿泊施設を分離させ、非日常を味わってもらう
・従業員のマルチタスク化
・オーダーメイドサービス

大きく分けてこの4つになります。

1つ目、「ニーズに合わせる」。これは大切です。
お客様のニーズを調査。
ゲームコーナーを託児所やブックス&カフェに改装したのです。

こうして子供連れ客に特化することで、家族での利用を増やそうという戦略です。

2つ目、「非日常を味わってもらう」。
フロントから宿泊施設までの道のりで、どんどん日常的なものを排除。
客室にはテレビを置かず、あえて陸の孤島のようにしたそうです。

これにより、ここでの宿泊は特別な体験であると印象づけることができます。

3つ目、「マルチタスク」。
星野リゾート全体がそうなのですが、従業員はそれぞれに専門の職種を持つのではなく、皆がすべての仕事を効率よくできるようシフトを組んで行われています。
そうすることで仕事の時間が短縮され、お客様へのおもてなしに割く時間が増えるといいうわけです。

4つ目、「オーダーメイドサービス」。
これは多くのトップレベルホテルが行っていることです。
お客様の目線に立ち、一人ひとりに合わせたおもてなしを提供するのです。

それぞれの好きなもの、宿泊目的、泊まる理由などを調査し、それに合わせたサービスを行います。
これこそ「おもてなし」の最たるものですね。

さらにサービスを良いものにするため、星野社長は考えました。
そして、ブログを作ることにしたのです。

そのブログには、全国各地の星野リゾートの施設を回った記録が写真付きで書かれています。
一つ一つの施設の良いところを写真に撮り、褒めるのだそうです。
これにより、それぞれの施設が互いに良いところを知り、さらに独自のおもてなしを提供できるようになっていくというわけです。

一人ひとりの従業員に任される仕事がとても大きいため、やりがいと責任をもってサービスができるのですね。
これはリッツカールトンでもなされていることです。

星野社長の考え方

星野社長の考え方について
では、このような業績を次々に挙げている星野社長とは、一体どんな人物なのでしょうか?

・1960年4月29日生まれ
・長野県軽井沢出身
・1983年、慶応義塾大学経済学部卒業
・その後アメリカのコーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了
・1991年、星野リゾート四代目社長に就任
・2003年、国土交通省から、第一回観光カリスマに選定

アメリカで修士をおさめて帰国し、社長となった星野氏は愕然としました。
学んできた経済学と実際の経営はかけ離れたものだったのです。

そこから苦慮し、現在の根幹となった考えは「所有にこだわらない」ということでした。
つまり、「所有と運営を分離する」ということです。
その方が小回りが効きやすく、現在のような30軒以上の旅館運営も可能にしています。

もしも30軒以上のホテルの所有をしているとなると、資産は莫大になります。
すると様々な手続きなどの身動きがとりづらく、経営もうまくいくことはなかったでしょう。
そのため、運営のみに特化する事で、お客様へのおもてなしということを念頭に考えることができるようになったのです。

星野社長の一番の焦点は、社員をおもてなしに徹底させるということです。

外国のホテルや一般的なビジネスホテルは「速く正確に」を一番に考えています。
それに対して、日本の旅館の仕事は「文化を楽しんでもらう」こと。
言い換えれば、ホテルでは施設をいかに綺麗に保つかということがメインですが、日本の旅館では「雰囲気」や「その土地の文化」を楽しめるように部屋を用意する、ということです。

「部屋をしつらえる」という言葉があるように、お客様をもてなすための空間づくりという概念が、日本の文化には浸透しているのですね。
それこそが「おもてなし」の本質なのでしょう。

星野社長は子供の頃から非常に心配症だったのだそうです。
母親からは「そんなに心配ばかりしていては生きていくことはできないよ」と言われるほどでした。

けれど、「心配性」というのは裏を返せば「気遣いができる」ということです。
「これを見てどう思うだろうか?」「この風景が心を安らがせてくれるだろうか?」「この料理を楽しんでもらえるだろうか?」そうした気遣いができる人なのですね。

さらにその気遣いはお客様だけではなく、従業員にも向けられています。
よく細かいことを指摘してばかりで褒めない社長がいますが、星野氏はそれとは真反対。
経営と所有の分離によって従業員がおもてなしへの工夫ができる環境を作り、その成果をどんどん褒めて伸ばしていきます。

おそらく星野リゾートは今後もさらなる成長を遂げていくのではないでしょうか。
今後も日本旅館を海外へ輸出していく考えのようですし、一度は訪れてみたいものですね。

まとめ

星野リゾートのすごさがわかりました!一度で良いから、行ってみたいですね
星野リゾートの成功の秘訣は投資家を募って旅館やホテルを所有してもらい、自らは運営に専念することで運営のノウハウを蓄積してきたことです。

例えば星野リゾートではお客様情報を従業員がパソコンに入力し、そのお客の好みなどの顧客情報を活用してまた宿泊された時に好みに合わせたサービスを提供しています。
さらにお客様への気遣いだけではなく、従業員の働きやすい環境を作り、その成果をしっかりと評価しています。

バリ島の「星のやバリ」の投資額は約15億円で、宿泊料金は1泊7万円からですが、個人的にも1度は訪れみたいと思っています。

投稿者プロフィール

Sideline. Lab 編集部
副業で稼いで自由な生活を謳歌するためのウェブメディア。
これからはじめて取り組む人に最も結果の出しやすい方法をご提案。
副業に関するあらゆる悩みにもお答えします!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です